哀しがり
2008 / 06 / 16 ( Mon ) ボンソワール、なんだか夜になって蒸し暑くなってきたよ。 さて、そんな日本語があるかどうかは知らないけれど、僕は結構な「哀しがり」だ。よく、「箸が転げてもおかしい年頃」なんていうけれど、そのスタイルを借りれば、「葉っぱが散っても哀しい性質」とでもいったらいいかもしれない。 そんな僕だから、毎日ニュースを見ては哀しくなったり、街なかでちょっとしたいさかいの場に遭遇しては辛くなったりするんだけれど、それが単なる感傷でしかないってことも、十分わきまえているつもりだ。 でも妙なもので、多分僕がこんなに「哀しがり」でなければ、嬉しいこととか、幸せなこととかも、そんなに意識できないような気がする。 うまくいえないんだけれど、「良いことしかありません」っていう人生だったら、それが「良い」ってことにどうやって気付けるんだろう? だから僕は、少々「やわ」な気がしないでもないけれど、この性格は性格として受け入れてもいいかなあと思っているんだ。 実はそう思うようになったのは、最近なんだけどね。 |
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こんばんわ 初めてコメントさせて戴きます。 いつも、素敵で華麗で、たまに面白いところに、救ってもらっていますv 哀しがり・・・というと、少し負のイメージに取ってしまいましたが、大抵の人が通り過ぎてしまう事を大事にされたり、まず、気づくことができる方なのだなぁ、と感じました。 私は、気づくのがいつも、遅いので(年単位であったりする事も*) でも、何にも考えないより、遅くても色々感じ取れる分、良いかなって、思っています。 これからも、応援しております☆
by: ゆき * 2008/06/16 01:47 * URL [ 編集] | page top↑
--ツルヒコさま--
忙しさにかまけて、会社なんかで机の上の観葉植物が枯れかけていたりすると、 「ごめんね~!」 となってホロリとしてしまいます。 周りの変化に気づける余裕があるっていうことは素晴らしいですよー。 ツルヒコさんのこまやかな感性をわたしも見習いたいと思います。 では~★ --お返事です--
>ゆきさん、はじめまして >哀しがり・・・というと、少し負のイメージに取ってしまいましたが やっぱり少し「負」だと思います(笑、 なんか弱そうだし。なので、ブログにはあんまりそういう「哀しい」っていうことは書かないようにしているんですけどね。 気づくのがゆっくり、というのはなんだかいいことのような気がします。今ってなんでも瞬時に判断しなくちゃいけないみたいな感じがするじゃないですか。でもそれって、本当は辛いことなんじゃないかなあ。 >きゅーさん、ボンソワール >観葉植物が枯れかけていたりすると、 あっ、でもこれは僕も…ぼそぼそ。 妙なもので、気になるものはすごく小さいことでも気になるのに、自分がどうでもいいって思っていることには恐ろしく鈍感なような気もします。誰でもそういうものなのかもしれないけど。 --「哀しがり」って素敵なひびき--
はじめまして☆ わたしも哀しがり傾向があるのですが、 負の側面だから、いけないことなのかなと思うこともあります。 でもツルヒコさんのブログを読んで、 「哀しがり」って表現を知って、いいこともあるのかなって気がしました☆ きっと「哀しがり」にしか見えないこともありますよね。 --> ako さん、はじめまして--
>負の側面だから、いけないことなのかなと思うこともあります そうですよね、哀しいってやっぱりネガティブなイメージで。 でも実は、笑うことだけじゃなくて泣いたりするのもすごくストレス発散とかになるんだそうです。人間って本当に不思議で、よくできていると思います。 |
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