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久しぶりに、思うこと
2010 / 02 / 23 ( Tue )
ふう、ちょっとかたい話かな


唐突な話で悪いんだけど。

ちょっと前に、ひとと話をしていて、なんでそんな話になったのかは忘れちゃったけど
戦争だとか、環境だとか、そんなことについて、相手が
「自分は人間は本来争うものだと思っている」って言い出したんだ。
僕も考えてみたんだけれど、正直どうだかわからないと思った。

それで、
「もし本来争うものだとして、戦争はしょうがないと思うかどうか」
ってきいてみたんだ。そうしたら、

「いや、できることなら避けるべきだと思う。
いいことだとは思わない」

っていう答えだった。

それで僕は、
「それなら僕にとっては、人間が本来争い好きかそうでないかはどうでもいいや。
僕も君も戦争は避けられるかぎり避けたいっていう気持ちでいるなら
方法は違っても目的は同じようなことだから」
って言ったんだよ。


それで思ったんだけど、人間が悪いものかいいものかっていうことはわりとどうでもよくて、
その結果僕らは次になにをすべきと思うのかが大事なんじゃないかな。

僕一人がどうこう言ったからって世界平和がきたり、二酸化炭素が減ったりはしそうにないけれど、
でも必ず何か大きな歴史が変わるとき、そこには「変えよう」という人間の意志が存在する。

その意志のちいさいひとつとして、どんな未来にしたいと思うべきなのか。


もしかしたら、すべては無にかえるのかもしれない。

だけど、その流れの中で、自分にとって信じるに足るものってなんなのか、
どう生きるべきなのか、
そこは考えなくちゃいけないだろう、ね。



22:41:15 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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コメント
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こんばんは。
ん~。言いたいこと、分からなくもないのですが、無という言葉をどういう意味で使っているのかが気になります。全ては無だ、と簡単に言う人もいますが、どういうことか説明できますか?
by: ちょこ * 2010/02/25 01:00 * URL [ 編集] | page top↑
--かえてゆく--

いつだったか、そもそも人間なんていないほうがよかったのではないか・・・と思うようになったりして、でも大事なのはそういうことではないのですよね。

色んなニュースを見て、すごく暗く落ち込むときもあるけれど、その後思ったのは
少しでも世界を明るくしていけたらいいなと。

それを家族にあてはめて、
まずは手の届く世界から
変えてゆきたいと改めて思いました。


by: 帆掛け舟 * 2010/02/27 01:06 * URL [ 編集] | page top↑
--自分と異なる意見の人に--

反発するでもなく、
わかり合う事を放棄して口先でお茶を濁すでもなく、

少しでも、同じ気持ちでいるなら、
方法は違っても目的は同じ、といえる
ツルヒコさんのやわらかな心に感じ入りました。
見習おう。見習います。見習いたい!です。


>ちょこさん

「無」というのは、えっと…

自分が今、良くなろう、良くしようと思って
考えたり行動したりすることが、
誰かの役に立つのかしら?
世の中の役に立つのかしら?

自分の思ってる事なんて
全部ちっぽけな、どうでもいいもので、
誰かに笑い飛ばされたら
飛んでったままなくなっちゃう程度の、
って言うか、自分が死んで、身体ごとこの「思ってる心」がなくなってしまえば
それっきりになってしまう、その程度のものなんかじゃないか?
全部ムダなんじゃないか?

というネガティブな予想&それが的中しちゃった未来のことを言うのかな、と解釈しました。


わたしゃ器が小さいけん、
世界とか、未来とかはよう考えきらんったい、
つい頭ぁこんがらがって、
気持ちは暗ぁになってしまうとよ。

それでも帆掛け船さんの、

>まずは手の届く世界から
>変えてゆきたいと改めて思いました

というのなら今すぐにでもできるぞと、
そしてその積み重ねが世界をちょっとずつでも、
ほんっっっと、ちょっとずつでも、良くするんだって、
そう信じることなら今の私でもできるぞ、と思いました。
by: ちひろ * 2010/03/02 09:24 * URL [ 編集] | page top↑
--お返事です--

>ちょこさん、ボンジュール

「無」を、どういう意味でつかっているのかはその人によると思いますけど・・・

僕がこういう言葉をきいたときに理解するのは、いわゆる「万物の無常さ」でしょうか。

ちなみにこの文章の中で、「すべては無にかえるのかもしれない」というのは僕の意見じゃないってことはわかってもらえるでしょうか。
ちょっと、書き方がまずかったかなと反省中です。

>帆掛け舟さん、ボンジュール

僕も考えばかりがふくらんで
世界の途方もなさにたいして自分の無力さばかりが感じられるときは、
とにかく「現実で今自分がふれあっていること」を大切にしなくちゃ、と思います。
家族、友達、今日あった人たち。
今僕が何か出来るひとたち。

そういうひとたちがいるってことがまず
幸せなんですよね。

>ちひろさん、ボンジュール

やわらかい心なんていって下さって
ありがとう。
実際はぜんぜん柔軟じゃないときも、
頑固なときも、あるんですけど、できるだけそうなれたらいいなあ。

僕の記事だけでなくほかの方のコメントからもなにかを受け取ろうとしてくださる
そういうちょこさんの姿勢がとてもやわらかいと感じました。ありがとう。
by: ツルヒコ * 2010/03/07 13:56 * URL [ 編集] | page top↑
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